2014年11月25日

読書家という生き物の凄さは、その興味範囲の広さにある


明日、大学のゼミナールにて、自分で選び読んだ新書をみんなに説明しなければならないという最高のイベントがある。その本がどのような内容で、何を学び、どう結論づけたか。それを30分、一人で話さなければならない・・・・・・(ホントヤダ)。

わたしは心理学を専攻しているので、選ぶ新書のテーマは心理学に絞られる。「心理学」と一言でいっても、その分野と流派は様々なので、「心理学の中から興味のある分野」を探さなければならない。
図書館の中でなんとなく手に取ってみた本が「ことばの心理学」という本なのだが、これがびっくりするくらい頭に入ってこない。自分で選んでおいてなんだけど、興味をもてないの。読書が好きな私でも、読むのが辛い本というのはたくさんあって、「俺は本当に狭い狭い範囲で読書をしとるんやなぁ」ということを実感した次第である。

そこでふと思ったのが、「読書家って、なんであんなにいろんなジャンルの本を読めるのだろう」という素朴な疑問だった。
読書家の本棚って、本当にいろんな分野の本が置いてあるイメージがあって。
「たくさん本を読めることがすごい」なんてことは思えないけど、その興味範囲の広さにはびっくりする。
「本を読む」という行為自体が好きな人もいるだろうし、「何でも知らなきゃ気が済まない」人もいるだろう。一体、どうやったらそんな風にアンテナを広範囲へ広げることができるようになるのか。

読書に決まりやルールなんてないのだから、もちろん興味のある分野を突き詰める読書でもかまわないはず。
でも、わたしの中には「もっといろんなことを知れば、もっと人生が楽しくなりそう」という思いがある。でも、「興味のない本を読むこと」ができない。だから、アンテナを広げる方法を知りたくなる。
もっと興味のある分野が広がれば、読書そのものがもっと楽しくなる気がするんだよなぁ。自分の現状はいわば、アクションゲームしかやらないゲーマーが、RPGや恋愛シミュレーションに「興味を持ちたがっている」状態。でも、やったとて、すぐに飽きてゲームを投げ出してしまう。なんやこのたとえ。

そもそも「自分はなぜ読書を趣味としているのか」について考えてみると、「引き出しの多い人間にあこがれている」からであり、それをさらに突き詰めてみると「会話をもっと楽しめるようになりたいから」なのである。
自分から話題を提供する能力に優れている人、相手の話題をふくらませることのできる知識がある人。そういった人にあこがれているから、わたしは読書をしている、気がする。さらにさらに突き詰めると「もっといろんな人と楽しく会話をしたい」という欲求が見えてきた。さらにさらにさらに突き詰めれば、「もっと色んな女の子と


色んな本を読む人はその知識ゆえ、話すことも楽しいだろうし、さらにその興味範囲の広さから考えて「聞くこと」も楽しんでいるはず。
「本を読む」という行為は、著者とわたし(読み手)の会話みたいなものなのだから、そういう姿勢は普段の会話に出てくるはず。
わたしのように「狭い範囲でしか本を読まない」ままだと、「興味のある人間としか会話ができない」ままで人生が終わってしまいそうな気がして、変な焦りを感じる。そんな生き方も悪くはないと思うんだけど、さっき言ったように「もっといろんな人と楽しく会話をしたい」という思いに嘘はないから、「興味を広げたい」と思っちゃうワケで。

ということで、「自分が選んだ本くらいはちゃんと読む」ことから始めてみようと思う。いろんな女性と楽しく会話できるようになるための一歩だと考えれば、精子5匹ぶんくらいのモチベーションは出てくる。成長に、ある程度のストレスは必要不可欠なのだ。

posted by TZ at 22:42 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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